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ポジティブに生きる

by Teppei

いままでの人生のなかでやり直したい瞬間はありますか?という問いを投げかけられたら、なんと回答しますか?

実はこれ、新卒の就職活動の時にとある企業で聞かれた質問です。
私は即答でありません、と答えましたが、ありませんの理由を説明させてもらえず、なんとなく消化不良で終わった記憶があります。

実際には、点で物事を見るといっぱい後悔する瞬間があったし、二度と蓋を開けたくないような記憶もあります。でも、やり直したい瞬間はありますか?と聞かれたら、やはりNoなんですよね。なぜなら、いつの頃からか、点で物事を見なくなって、線で捉えられるようになったからだと思うんです。

例えば、私の高校時代は今思い返しても吐き気が出るほどの暗黒時代でした。中学3年生の当時、絶対に受かるとタカをくくっていた公立高校(田舎の場合は私立より公立のほうがレベルが高い)に落ち、滑り止めの男子高へと進学することになりました。一学年690人 x 3学年という巨大なおぞましい男の園。

私立の高校ということもあって、90年代の高校には珍しく全教室にクーラーが設置されている環境の良さでした。しかしながら、体育の授業の後には、神器のはずのそのクーラーが一転して殺人機と化すのです。想像してみてください。汗だくの男子高生の匂いを教室中に散布するその殺人マシーンの威力を。

失礼しました。
さて、その暗黒な高校時代を経て夢の大学生へと歩をすすめることになるわけですが、私はその暗黒な高校時代があったおかげで、大学時代は誰にも負けないぐらい大学生活を楽しんだ自負があります。

なんせ一学年690人、クラスにして16クラス近くあった記憶がありますが、言うまでもなくみんな男なわけです。スポーツ校の側面もありましたので、国体に常連で出るハンドボール部の連中などはすでに中年のおっさんレベルの顔と体つきなんです。

そんな状況から大学生活に突入すると、とてもつまらない入学説明会や入学式ですら、小躍りするぐらい楽しく感じてしまうわけです。隣の席に女性が座ってるだけで、既に非日常感たっぷりなわけですから。
それは言い過ぎだとしても、あまりにも辛い生活の反動は、想像以上に楽しく感じたものでした。

もし私が高校受験に失敗せずに公立高校に合格し、楽しい共学生活を満喫していたとしたら、あれほど楽しい大学生活は送れなかったかもしれません。

そう考えると、やはり苦難の高校生活はその後の人生へと続く必要なステップだったんだと改めて思うわけです。もし高校受験に失敗しなかったら、なんてことは比較しても全く無意味な話ですが、今この瞬間は過去からの連続性の上に成り立ってるのは間違いないわけです。

いいえ、それはステップではなく、ただの分岐点なのかもしれませんね。
右に進むか左に進むか。右に進んでも左に進んでも道がある。どっちに進んだら良いかなんて永久にわからないし、どっちに進んだら良かったかなんて立証もできない。

進んだ道の先は死ぬまで続いていて、どの時点で輪切りをして甲乙をつけるかだけの話。
挫折も後悔も、ただの一本道の通過点に過ぎないとしたら、点に固執するなんて馬鹿馬鹿しい。

点が悪かったとしても、それは線になって、いずれハッピーになるとしたら、ハッピーになるまでの延長線上に多少の凹みがあっただけなんでしょう。まぁそういうことで、一喜一憂しない人生を歩みたいものですね。

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