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頭が良いって何だろう?

by Teppei
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高校二年生の頃、当時の担任の先生に「お前の成績では行けるところ(大学)は限られている」とはっきり宣言された。可能性があると言われた大学の名前も今ではすでに思い出せないけれど、当時は頭が悪い部類に属していたのは確か。社会人になった今振り返ると、頭が悪いというよりもお勉強が苦手だった。

中学校の時に数学で2をとって、慌てて親が家庭教師を検討し始めた時ぐらいから、ああ俺って頭悪いんだなって自覚をし始めた。あの頃の尺度は勉強ができれば頭が良いという世界。テストで高得点をとれば頭が良いと褒められる。あの子は優秀だね、と言われる。それに比べてお前は、と必ず比較される。
クラスを盛り上げたり、文化祭を成功に導いたり、なんとなくクラスのリーダー的な存在になったとしても、それは決して頭が良いとも優秀とも評価されず、ただ元気の良い生徒という括りに放り込まれる。いま思うとそういう文化が本当に性に合わなくて、窮屈で。無意味なゴールのない継続を努力と称して賞賛する大人達が大嫌いで。なんでこんな馬鹿な大人なのに、目上だからという理由で尊敬しろと言われるのか理解できなくて。

だからそんな社会から逃げ出したくて、地元の愛知県から遠い大学ばかり探していた。帯広畜産大学とかはまさに検討していた大学の一つ。4年間バイクに乗りながら北海道をツーリングできたら最高だろうな、ぐらいの感覚だった。

カナダという予定外の選択肢

それも高校二年生だったと思うけど、急に目の前に転がり込んできたカナダ留学という選択肢。上の二人の兄が通っていたBritish Columbia州(NelsonとVancouver)にあるCICカナダ国際大学にお前も行ったらどうだ?と父親に言われたのだった。CICカナダ国際大学とは、日本人専用のカナダにある大学で、いわゆる現地の大学に留学するような高度なものではない、日本人による日本人のための大学 in Canadaと言う感じ。正規留学生からみると鼻で笑っちゃうような環境なんだけど、結果的にこの大学に4年間通うことになり、自分としては最高の選択肢だったと思っている。その後の日本の経済事情の悪化とか9.11の煽りを受けて大学は潰れちゃうんだけど、それは卒業後しばらくしての話。

さて、このCICカナダ国際大学。一学年300名ぐらいの小規模大学。4年課程に所属するのが60名ぐらい、2年課程(短大相当)230~240名ぐらいいたと思う。海外に預けるのが不安な家庭、特に女の子なんかは2年課程が多かった。生徒は全員日本人なんだけど、学校のカリキュラムはすべて北米式。先生もすべてカナダ人で構成されていて、当然事業はすべて英語。スタッフで1~2名日本人は常駐していたけれど、それなりにちゃんとした留学環境だった。

日本の優等生が低評価される世界

前述の通り、日本では全く評価されずに生きてきた18年間。ずっと成長期の伸びたいのに伸びきれないような違和感を抱えながら、今思うと常に悶々としていた小中高校時代。自分を馬鹿だとは思ってなかったけど、学校生活のルール上は立派な馬鹿だった。高校受験に落ちて、ロクでもない滑り止めの男子校に入るハメになったしね。

そんな自分に衝撃を与えたのがカナダ留学だった。留学して最初の授業で、英語なんてロクにできないけれど、頭にある単語を振り絞って自分の意見を発言したところ、先生にびっくりするようなテンションで褒められた。外国人がよくやる過剰excellent作戦だと今ならわかるんだけど、愛知県の田舎から出てきた自分にはその褒められ方にびっくらこいた。あれ、俺、もしかして褒められてる??日本では全く評価されなかった自分が、初めて人に存在を認識され、価値を認められ、それを個性と言われる出来事に遭遇し、承認欲求というものに気付いた瞬間だったかもしれない。

同時に、面白いことが周りで起こり始めた。日本では一般的に優等生と言われる種族の子達(きちんと宿題をやり、文句を言わず、ノートはきれいでテストの点数が高い)が、評価されずに成績をじわじわと落としていったのを目の当たりにしたのだ。これはとても単純な話で、日本の優等生達は一様に自分の考えを持っていない(ことが多い)。考えというより意志がないと言ったほうが正しいかもしれない。正解が決まっていて、それを方程式に沿って回答するのは極めて長けている。でも、例えばこんなことは苦手なはずだ。

Vancouverの警察官がターバンを巻いて勤務するのはアリかナシか。2001年のことだったか、そんなニュースが街中で話題になったことがある。警察官は警察の帽子をかぶる。でも、宗教上、中東の人はターバルを被らないといけない。当然ながらターバンをかぶると警察のルールに反する。これを他民族国家のカナダはどうすべきなのか。そんなニュースだった。授業でもこの話題はとりあげ、ディスカッションを行った。そんな時、優等生は先生が好みそうな回答を探そうとする。どういう回答をしたら先生が喜ぶかな、と顔色を見ながら発言をする。でも、先生はそんなことを求めていない。あなたの意見はなんなのか?と優等生にさらに問い詰める。でも、答えなんかあるわけない。日本で育ってきた18年間、そんなものは求められてこなかったから。

不思議なもので、そういう時ほど馬鹿の独壇場だった。日本の馬鹿は、覚えるのは苦手だけど、妙な自信と主張だけは持っている。そしてその姿勢が授業では重要視され、喜ばれ、評価された。評価されると馬鹿は図に乗る。図に乗ることで、意志をさらに明確に表現するために自然と英語を身につけていく。そんな感じで、すべてが順調に機能していった。反対に、優等生は波に乗れないまま、過去の18年間とは別人のように輝かなくなっていった。

社会でいう頭が良いとは何か

大学を卒業する間際、なんちゃって留学生の自分たちは現地に残って働くという選択肢は毛頭なく、皆一様に日本で就職する道を選ぶ。御多分に洩れず、自分も日本で就職活動というものをやってみた。その時に随分と驚いたものだ。日本の学生が就職活動を行う時期はすでにカナダで授業が始まっているため、僕らが行動を起こせるのは夏休みの限られた時間だけだった。日本では就職活動が一段落したタイミング。留学生向けのフェアなどに参加し、片っ端から面接を受ける。志望動機なんてあるわけがない。

そしてはじめての集団面接。海外で過ごしたという妙な自信があるから、どんな質問がこようが全く動じない自信はある。でも、隣に並んだ学生達の学校名を聞いてさすがに怯んだ。
東京大学、早稲田大学、上智大学、東工大などなど、なんじゃその超有名な大学名はとびっくらこく。俺なんかCICカナダ国際大学だぞ!っと劣等感全開な感じである。でも開始早々さらに驚く状況に直面する。この有名校の面々達は緊張でガチガチになり、聞かれた質問にまともに回答できなかったのだ。突っ込まれて泣き出す子達までいる。夏の終わりの就職活動なので、そもそもは学生のなかでもトップクラスの子達ではないんだろうとは予想していたが、まさかここまでとは。


それでも高校生の頃の自分では、一年間一睡も眠らずに勉強したとしても入れなかった大学の連中だ。そんな優秀な人たちが、ただの会話がまともにできないことに愕然とした。と同時に、お前らいったいこの四年間何をやっていたんだ、と少し腹が立った。

日本の大学生は4年間ただ遊んでるだけだからね、とはよく聞く話だ。遊ばずに頑張ってる人も多いと思うのでこう言われると心外な人も多いと思う。でも、この面接の時は正直やはり日本の大学生は遊んでいるだけなのか、と思った。本当にお前らは親のお金で4年間何をやってたんだ、と。自分が学生時代に劣等生扱いをされ、あなた方は優等生の側にいたのに、今のこの体たらくはなんだ、と。


そして、頭が良いってなんなんだろうって、改めて同じ年齢なのに隣に座る子達を心配になったものだ。この先この人たちは生きていけるんだろうか、と。東京での面接を終え、実家への帰路のなか、ぐるぐるカナダでの4年間を考えながら、日本の教育について思いを巡らせていたのを覚えている。


そして、その面接での出来事、感じたことを親に話そうと玄関を開けた瞬間、「なんだそのピアスは!おばぁちゃんが悲しむだろ、外せ!」と父親に一喝され、ああ、ここは紛れもなく日本だと実感したのだった。おしまい。

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