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一週間で辞めた牛丼家のバイト

by Teppei

最近、吉野家に頻繁に行っています。しかも南国リゾート沖縄で。
何度も何度も沖縄へ行っていると、さすがに沖縄そばや沖縄料理ってものにさほどの興味関心を抱かなくなるんですよね。

ついつい北海道の文字につられて、国際通りにある北海道アンテナショップで美味しく鉄火丼を食べたものの、客は私だけでした。

国際通りにできた北海道のアンテナショップ?
国際通りにできた北海道のアンテナショップ?
11月中旬、昼の11時半と早かったからか、貸切状態。
11月中旬、昼の11時半と早かったからか、貸切状態。

話しは戻って吉野家。結局のところ、食べ飽きてきた沖縄で、戻るところは吉野家だったんですよね。

根性論のカウンター

高校3年生の夏、地獄のような高校野球から解放された私は、大学受験勉強を経て、はじめてアルバイトなるものに手を出しました。そう、そこは早くて安くてうまいの吉野家。大好きな吉野家の牛丼が賄いで毎日出るというキャッチコピーに惹かれて面接に赴き、無事採用されたのです。

当時の吉野家にはまだ狂牛病の混乱も訪れておらず、牛丼の並、大盛、特盛しかメインメニューがありませんでした。今のように鰻やらすき焼きやら、そんなハイカラなものはなかったのです。

限られたメニューの組み合わせということもあり、今とは違ってオーダーはすべて店員の暗記でした。当時からおかしいだろって思ってましたが、店員の聖徳太子真っ青な記憶力で日々運営されていたのです。
先ほどメニューは3つのみと書きましたが、厄介なことにサイドメニュー(おしんこ、味噌汁、卵など)と個別のちょいカスタマイズ(つゆだく、つゆ抜き、ネギ抜きなど)を合わせると、とてつもない組み合わせになります。

私がバイトしていた吉野家は、Aカウンター、Bカウンターという二つの島で構成され、一つの島で10席ほど並んでいたかと思います。その10席を一人のバイトが担当するのです。オーダーをとり、商品を出し、レジうちもこなす。

しかも、吉野家は男の花園。夜の遅い時間は、トラック運転手や髪の毛の色がパッパラパーなお兄ちゃん達が大量に押し寄せます。たまには、ファンキーなバイクに乗った御一行に占拠されたり。そんな方々はせっかちなのかちょっと一本何かが足りないのかわからないのですが、座った瞬間にボソッとオーダーします。こちらが他のお客さんを対応中でも構いやしません。

「特盛ネギ抜きつゆだくと卵。あ、あとお新香と味噌汁もね」

こんなのが10方向から矢継ぎ早に飛んできます。それをなんと、伝票なしで記憶するんです。
そしてこの人たち、卵忘れてたりするとすぐキレます。すぐに舌打ちします。すぐに怒鳴ったりします。

意味がわかりませんでした。お客さんの行動もさることながら、なぜこのような状況でオーダーをメモしちゃいけないのか。なぜ曖昧な記憶というもので運営するのか。

そしてベテランバイトが時折見せる、ミスなく覚えられることに対するドヤ顔と遠回しの自慢。これがまた最高に気分が悪く、最高にカッコ悪く見えたんです。あ、俺こうなりたくない。こっち側に行きたくないって。

なので、すぐにバイトをやめました。

ふと吉野家でレシートがあるのを見てそんな時代があったことを思い出しました。1996年の話しです。
でも、やっぱり食べる側の場合は吉野家なんですよね。今でも好きでよく行きます。



Teppei
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